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東京地方裁判所 平成9年(行ウ)264号 判決 1998年9月16日

原告

平田昭広

被告

内山卓三

外一二名

被告ら訴訟代理人弁護士

山下一雄

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

東京都渋谷区に対し、被告内山卓三は五六二万二四四〇円、被告池田福男は五四〇万九五〇三円、被告肥後慶幸は八六六万〇三〇一円、被告山口彧史は八四万〇一六〇円、被告髙橋辰男は六七万五一六五円、被告諸岡博は二二〇万二九三八円、被告池田章夫は五一万二五〇三円、被告衛藤隆は八一万一六四一円、被告松井裕は六二万六二四〇円、被告坂口義明は二〇万八〇〇〇円、被告小笠原通永は三〇二万三七四五円、被告前田尚孝は二三万四〇〇〇円、及び被告松崎紀男は一一一万六七六五円、並びに各被告は右各金員に対する平成一〇年二月二八日(ただし、被告池田章夫については同年三月二日、被告小笠原通永については同年三月一日)から各支払済みまで年五分の割合による金員を、渋谷区に対して、それぞれ支払え。

第二  事案の概要

一  事案の概要

本件は、東京都渋谷区(以下「区」という。)の住民である原告が、平成五年度から平成七年度に間における区の食糧費の支出がいずれも架空の会議に対する違法なものであったとして、右食糧費の前渡受者等であった被告らに対して、右支出に相当する金員を区に賠償するよう求める住民訴訟である。

二  争いのない事実等(甲第一ないし第三号証、第四号証の一、二、乙第一号証)

1  原告は、区の住民である。

2  区では、平成五年度ないし平成七年度において、別紙1「支出一覧表」記載の各食糧費(以下「本件食糧費」という。)が支出されたが、本件食糧費の各支出の当時、被告内山卓三、被告池田福男、被告肥後慶幸、被告諸岡博、被告池田章夫、被告坂口義明、被告小笠原通永及び被告松崎紀男は、それぞれ対応する支出の支出命令権者かつ前渡受者であり、被告山口彧史、被告髙橋辰男、被告衛藤隆、被告松井裕及び被告前田尚孝は、それぞれ対応する各支出の前渡受者であった。

3  原告は平成九年五月一五日、平成五年度から平成七年度における飲食を伴う食糧費の支出原議又は事業原議、清算書及び領収書の情報公開請求をし、同年七月一六日、その一部が公開されたが、債権者名及び出席者名等は非公開とされた。

4  原告は、平成九年八月二一日、別紙2「渋谷区監査請求書」を区監査委員に提出して監査請求をした(この監査請求を以下「本件監査請求」という。)。なお、別紙2において、「渋谷区は、別紙のごとく、会議費名目で公費を湯水のごとく支出している。」として引用されている別紙とは、右情報公開請求に係る情報公開可否決定通知書に添付された文書の一覧表であり、対象文書の表題として別紙1の「支出項目」の記載事項が掲げられたものである。

5  区監査委員は、平成九年一〇月七日付けで、監査請求期間の経過を理由に、本件監査請求を却下した。

原告は、区監査委員の右決定に対して不服があるとして、平成九年一一月五日、本件訴えを提起した。

三  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第三  争点に関する当事者の主張

本件における争点は、本件監査請求の適法性の有無及び本件食糧費支出の違法性の有無であるが、右争点に関する当事者の主張は次のとおりである。

一  原告

1  原告は平成九年五月一五日、本件食糧費の支出に関係する文書につき情報公開請求をし、同年七月一四日、その一部が公開されたが、債権者名及び出席者名は非公開とされた。

2  本件監査請求は、「渋谷区監査請求書」の別紙によって特定されたすべての支出、すなわち、別紙1記載のすべての食糧費に係る支出を対象とするものであるところ、右支出に係る債権者名及び会議の出席者名が非公開である以上、原告が相当の注意力をもって調査しても、本件食糧費に係る支出及びその違法性を知ることはできないから、本件食糧費に係る支出から一年を経過した後にされた本件監査請求は適法である。

3  区が本件食糧費の支出に係る債権者名、会議の出席者名を非公開としていることに照らせば、被告らが本件食糧費を着服し、あるいは会議出席者とされている者に対して利益供与をしていることは明らかである。

また、総務部総務課の平成五年度ないし平成七年度の新年度事務事業に関する打合せ会及び懇談会の領主書はすべて同一の店に係るものであるのに、内訳書の酒の値段、サービス料はまちまちであること、本件食糧費に係る領収書の多くには、ビール等の料金に一円の位に端数があること、オードブルの領収書と区職員作成に係る「食糧費不足分内訳」の筆跡が同一であること、課長研修に係る領収書はすべて筆跡が同一であること、領収書に押印された総務課長等のゴム印が区作成の公文書におけるのと同一であること、代金の支払が口座振替ではなく資金前渡によっていること等からすれば、本件食糧費はその領収書の金額と実際に支出された金額が異なるか又はその会議内容が起案文書の会議内容と異なるカラ会議であるというべきである。

4  被告らは、別紙1「支出一覧表」のうち対応する支出の合計額をそれぞれ区へ賠償するべきである。

二  被告

1  本件食糧費に関する情報公開において、債権者名及び会議の出席者名が非公開とされても、これが原告のする監査請求の支障となるものではなく、現に、原告は、債権者名及び会議の出席者名が非公開の状態で、本件監査請求をしているのであるから、右情報の非公開は、本件監査請求について監査請求期間の徒過を正当とする理由にはならない。

2  本件食糧費に係る会議は実際に開催され、本件食糧費も現実にされた飲食に対して支払われたものである。

第四  当裁判所の判断

一  住民監査請求における行為等の特定及び監査請求期間について

1 地方自治法(以下「法」という。)二四二条に規定する住民監査請求は、直接請求の一つとしての事務の監査請求(法七五条)とは異なり、住民一人でもすることができるとされている反面、その対象は具体的な違法、不当な財務会計上の行為等を対象とするものであり、しかも、違法な財務会計上の行為の防止、是正を請求する住民訴訟の前置手続として位置づけられているのである。そして、不当な行為等をも対象とすることができるものとされているほかは、住民訴訟との間に区別は設けられていないのであって、違法又は不当な行為等についてはその事実があることを証する書面の添付が必要とされ(法二四二条一項)、また、各行為の時から期間を計算する監査請求期間が定められている(法二四二条二項)。これらの規定に照らせば、住民監査請求における財務会計上の行為等の特定は、監査委員に対して監査の端緒を与える程度のものでは足りず、違法、不当とする財務会計上の行為等を他の事項から区別し、特定して認識できるように個別的、具体的に摘示することを要するのであって、また、右行為等が複数である場合には、右行為等の性質、目的等に照らしてこれらを一体とみてその違法又は不当性を判断するのを相当とする場合を除き、違法、不当とする各行為等について、それぞれ他の行為等と区別し、特定して認識できるように個別的、具体的に摘示して住民監査請求をしなければならないものと解すべきである(最高裁判所平成二年六月五日第三小法廷判決・民集四四巻四号七一九頁参照)。

2  法二四二条二項は、当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過したときは、監査請求をすることはできないものとし、「正当な理由」があるときに限って例外を肯定している。これは、事務の監査請求に比較して、住民監査請求を容易ならしめた反面、地方自治行政の円滑、安定性の確保の要請との調整を図ったものである。そして、当該行為のあった日又は終わった日から一年以内に監査請求をすることができなかったことの正当な理由としては、監査請求をすべき時の天災地変による交通途絶等を挙げることができるが、これに限られず、当該行為が秘密裡にされた場合や形式的には公然とされた予算内の支出であっても著しく違法な方法により違法な支出が存在することがことさら隠蔽され、当該支出の事実に基づいて違法な支出であることを知ることが不可能な場合には、普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為又はその違法性を知ることができたかどうか、また、これを知ることができたときから監査請求をするために必要とされる相当な期間内に監査請求をしたか否かによって、正当な理由の有無が判断されるべきものである(最高裁判所昭和六三年四月二二日第二小法廷判決・裁判集民事一五四号五七頁、判例時報一二八〇号六三頁、大阪高等裁判所平成三年五月二三日判決・行政裁判例集四二巻五号一頁)。

二  本件監査請求において指摘された六例以外の支出について

1  本件監査請求の対象たる支出は、その監査請求書(別紙2)に引用された「別紙」により特定されることになるが、この「別紙」(甲第一号証)は、本件食糧費に関する情報公開可否決定通知書に添付されていたものであって、別紙1の「支出項目」欄の記載を文書の表題とする文書の一覧表であり、支出の日時、金額の記載はないが、各支出そのものは、摘示された開示文書によって特定が可能であるということができる。

支出の違法性又は不当性については、別紙1の二枚目番号1の支出(①)、同番号20の支出(②)及び同別紙三枚目番号39の支出(③)につき、同一の店であるのに年度により内訳書の酒の値段、サービス料の取扱いが異なることが、同別紙二枚目番号2の支出(④)につきビール、日本酒、ウーロン茶の単価が一円の位まであることが、同別紙二枚目番号8の支出(⑤)につきたばこ代が支出されていることが、同別紙二枚目番号9の支出(⑥)につき日当が支給されている会議に昼食を公費から支出していることがそれぞれ指摘され、右六例の支出に関する領収書等が添付されている。しかし、その余の支出については、具体的な違法性又は不当性に関する指摘はなく、領収書等の添付もなく、ただ、情報公開請求に対して一部非公開部分があるのにかかわらず、「一部をみただけでこの有様である。すべて領収書が偽造され、また、違法支出が隠されている疑いが濃厚である。」と記載されているに止まる。

2 右によれば、本件監査請求において指摘された右六例の支出の違法、不当の事由はそれぞれ異なる事由であって、これらを一体とみてその違法性又は不当性を判断するのを相当とする場合には該当せず、また、右六例について指摘された違法性、不当性の根拠とされた事由からその余の支出を違法、不当とすべき事由が当然に推認されるものではない。したがって、原告の本件監査請求は、右六例を除く支出については、違法又は不当な行為があることを証する書面の添付を欠き、単に違法、不当の疑いがあるとして、その調査を求め、違法又は不当な行為があった場合にその是正を求める趣旨と解すべきものであり、結局、「違法、不当な行為」を個別的に特定するものではないというほかない。

3  なお、仮に、右各支出が「違法、不当な行為」として具体的に特定されているとしても、この場合には、次に説示するとおり、監査請求期間を徒過していることになる。

三  本件監査請求において指摘された六例の支出について

1  本件監査請求は、平成五年度から平成七年度にかけて行われた本件食糧費に係る支出について、平成九年八月二一日に提出されたものであるから、右いずれの支出の日からも一年を経過していることは明らかである。

2  本件監査請求において指摘された六例の支出について原告が違法、不当と主張する事由は、既に記載したとおりであり、右各事由は原告が通常の情報公開請求によって取得した情報から判断が可能であったということができる。

そうすると、仮に、より一層の情報公開によって、支出につき秘匿又は隠蔽された違法な事実が判明する可能性があるとしても、本件監査請求についてみれば、通常の情報公開請求を経ることによって可能であったということになり、平成五年度ないし平成七年度において本件食糧費に係る支出がされてから一年以内に情報公開請求をすることが不可能であったと認めるに足りる事情もないから、結局、本件監査請求については、監査請求期間の徒過を正当とする理由はないというべきである。

この点、原告は、本件食糧費に係る支出に関する資料の情報公開請求に対して、債権者名及び会議出席者の氏名が明らかにされなかったこと等をもって、支出の肝心の部分が非公開であって「当該行為」が秘密裡にされた場合に該当すると主張する。しかし、情報の一部非公開の事実から「当該行為」が秘密裡にされたことが推認されるものではなく、特定の情報を公開しないことによって当該行為の具体的な違法性又は不当性に関する事実が秘匿、隠蔽され、そのために適切な監査請求ができない場合に、当該特定の情報が公開され、具体的に違法、不当な事実が判明した後に、当該違法性又は不当性を理由として監査請求を提起し、その中でこの点を監査請求期間を徒過したことの正当な理由として主張することは格別、右情報の公開がなくとも提起することが可能であった監査請求において、右情報が開示されなかったことをもって、監査請求期間を徒過したことの正当な理由とすることはできないのである。

四  結論

以上によれば、本件訴えは、いずれも適法な監査請求を経ていない不適法なものというべきであるから、却下することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官富越和厚 裁判官團藤丈士 裁判官水谷里枝子)

別紙1支出一覧表<省略>

別紙2渋谷区監査請求書<省略>

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